昨日今日とアホみたいに暖いというか暑いくらいだ。
私は冬のボアのシーツを取っ払って昨日お洗濯をして押し入れにしまった。
夫や娘のは自己申告にしようと思う。
人によって寝床で寒さを感じるのはそれぞれだから。
さて、タイトルの「迷走神経反射」
私が悩まされていた。ポンポンペインはこれだったようだ。
過去形なのが笑えるけれど、最近は酷いこの症状は起きていない。
そう、マジに気を失っていたこともある。
おトイレの中でもあるし、やっとの思いで部屋に戻って…もある。
自分では部屋で寝ていたと思っていたけれど、確かに気を失っていたのだと思う。
この症状。
二世帯で住むことになるまでは年に一度あるかないかであったし、偏頭痛もそうだった。
偏頭痛は二世帯で住み始めてすぐ。それこそ定期的にだった。
ポンペイが周期的に発動するようになったのはパートを始めてからだ。
これは疲れが大きいかと思う。
意地悪な人もいたからストレスもあったと思うけれど。
仕事を辞めたらポンペイはあまり起きなくなっていたけれど、それでも時折なっていた。
義両親の介護がのしかかってきて、ギジに振り回されるようになってからは頻繁になった。
無論、偏頭痛も然りである。
そう、ストレスによる迷走神経反射の腹痛だったんだ。
そう思えば合点がいく。
娘も時々これに悩まされていたけれど、娘も私もギジが施設に入って、リフォームをしてからは酷いことにならなくなった。
それだけ二世帯でいることが私のストレスで、それが娘に伝播していただろうと思う。
迷走神経反射も気を失うことはないし、偏頭痛も寝込むほどにはなっていない。
29年間の私の生活を返してほしいと思う。
好きで二世帯に住むことになったわけじゃない。
ギジが勝手に建て替えて、こっちに転勤になったからなのだから。
転勤先が都内でなければ良かったのに。
それでも、子供が生まれた時に二世帯でなくて良かったとも思う。
そうなっていたら、多分、毎日のように子供を見にきてもっともっと干渉されていただろう。
二世帯でも私は極力義両親とは関わらないようにして最低限の精神の安定を保ってはいたけれど、
やっぱり隣を気にしていて気持ちが休まることはなかった。
今や、好きな時にベランダに出て、洗濯物が干せるし。
好きなように傘を広げて干せるというのがとても気楽なのだ。
以前は、傘を広げて玄関先に干していたら速攻畳んで玄関先に置かれたのだ。
まるで、外に出すなんてみっともないと言わんばかりに…。
何度もそういうことをされたので、傘は閉じたままフェンスにかけるようにして干していた。
1日で乾かない時もあったし、傘が傷んだ。
義両親は傘は玄関の三和土に広げていたし、そもそも雨の日に出かけないんだものね。
親子4人の傘をどうやって三和土に干すよって話だし。
これ以外にも嫌だったことがたくさんある。
義ママンにはチョロチョロと嫌味を言われたり意地悪をされていたしね。
認知症になってからは、私を頼りにしていたようで急に優しくなったけれど、だからと言って私はされたことを水に流せるほどできた人間ではない。
この先、元気でいられる時間は迷走神経反射に悩まされていた年数より短いことは確かなわけで
ものすごく残念だなと思う。
だからこそ、これからは楽しく暮らしたいよ。