戦いの野に花束を

介護?の話しや愚痴満載毒吐きの独り言 時々ハンクラ

母、退院

母は今日退院。

 

介護認定の区分変更の調査は何かの都合で退院の前になった。

何故かは弟嫁さんも分からないそうだ。

 

先ほど母からクッキーのお礼の電話が来た。

 

あんた、どっか行ってきたの?てw

 

なんでやねん。フランスまで行くか(笑)

 

『百貨店から送ったのよ。』

「弟も、うちも貰ったって言うてたけど。」

『いっつもお母さんのことしてくれてるから送ったの。それに、お母さんのとこに送ったら、宅配便を取りに行くの大変やん?』

「そうやねぇ。まだ取りに出られへんわ。」

 

いつもは、母に届けて弟が来たらあげてねと言っているから今回は反対。

 

ブルトンヌのクッキーは少しづつ楽しんで食べると言っていた。

私が好きなクッキーだから味は保証するからと言っておいた。

 

木曜日に母のリハビリの様子を撮った動画を弟嫁さんが送ってくれて見た時には、

母はほぼ普通に歩いていたので、これじゃぁ要介護は無理だなと思った。

弟嫁さんも同意見だった。

 

それが、弟嫁さんの話では、今日は腰が痛いと言ってまた歩き方が悪くなっているという。

 

リハビリの後のマッサージが効くようで、土日はそのマッサージをしてくれる人がお休みだったという。

 

弟嫁さんと弟が母に、痛い痛いとベッドで寝てばかりいると歩けなくなるから、家の中をまずは一周することから始めるように言ってくれたそうだ。

和室の襖をリビング側と廊下側を開ければ、和室→廊下→リビング→和室、という具合に一周できる。

段差もあるので、段差の練習にもなる。

 

段差を克服しないことには外には出られないから丁度いい。

 

訪問リハビリが利用できたら、マッサージもお願いすることになるのだろうな。

父の時みたいに。

 

 

ーーー

今日は母からきっと電話があると思った。

 

自分の手芸道具を片付けるためにお店を広げていて電話がかかってきたらカオスだなと思ったし

集中もできないので別のところを断捨離することにした。

 

なんとなく。

だいぶ前にここに紙袋やらを入れていた記憶が無きにしも非ずだった場所がある。

 

絵画の額縁が入っていた箱を壁がニッチのように凹んでいるところに突っ張り棒で固定しておいてあるのだが、

そこに入れていた記憶。

なんだか雑然としているし。

 

 

・・・・・額縁の箱と壁の間の隙間にいっぱい紙袋や箱を潰したもの、厚紙がギッシリ・・・・・

 

誰が犯人かって、私だ。

 

綺麗な紙袋だから取っておいた。

でも、それを忘れて物置収納にまた紙袋を入れていたのだな。とほほ。

厚紙や箱を潰したものはパッチワークやらの型紙のために取っておいたのだと思う。

けれど、なんでってものまであったし、それ以外のものも。

 

うーーーーーーーーん。

 

捨てれば良いのに、捨てずに押し込んでいたとしか思えない。

 

病んでたんだな。

うん、病んでたな。

 

降ってきた二世帯住宅。

嫌で嫌でたまらなかったけれど、住み始めた二世帯住宅。

 

出かけていることも見られていたし、外を箒で掃いていれば義ママンがベランダから見ていた。

私に直接言わないで、夫経由で文句を言われた。

そりゃぁ病むわよ。病んでたわね。

 

ちょっとお庭でハーブでも育てて見たいと思っても、

義ママンにあれこれ言われて辞めて。

 

いちいちいちいち義妹と比べられて、子供らも義妹の子と比べられて。

 

そりゃ、病むわね。

 

元々お片付けは得意じゃないし、嫌い。

それに拍車がかかっていたとしか思えない。

 

 

ポストによく入っているチラシ。

絶対に不要だろうと思うものでも、絶対に義両親はポストから回収しなかった。

いつもそれを始末するのは私だった。それもすごく嫌だった。

そのくせ、昨日も書いたけれど選挙公報とか年末に配布されるゴミカレンダーは取ってしまう。

そういう小さいこともストレスだった。とても嫌だった。

 

チラシのことは気のせいではない。

和室にいるとギジがポストのところに来て郵便や夕刊を取るのが見える。

そのすぐ後にポストに行くと、うちの分の郵便や夕刊と一緒にチラシが入っている。残っているのだ。

不動産のチラシなんて要らないよ。

 

瑣末なことも積もり積もれば山となるのだ。

 

どす黒い気持ちと一緒にゴミになるものを押し込めていたのかな。

 

そんな病の産物。

紙袋と厚紙の山、そのほか色々。45リットルのゴミ袋2つ。あっという間に出来上がり。

 

 

 

リフォームが良いきっかけになって呪縛から解放されているのかもしれない。